和泉市役所
奈良時代、「和泉の国」の政治を司る国府が、現在の府中町に置かれ、平安時代には熊野詣の参詣道である熊野街道が本市を通り『蟻の熊野詣』といわれるほどの賑わいを見せ、今もなお「小栗街道」として当時の面影を残しています。江戸時代には幕府の天領や伯太藩領となり特産の「和泉木綿」や農業の発展によりめざましい復興を遂げ、明治初年の62村から明治22年には町村制施行により12か村に合併、綿織物やみかんづくりなどの農業で栄えました。昭和31年9月1日、当時の和泉町と北池田、南池田、北松尾、南松尾、横山、南横山の1町6か村が合併、人口約5万人の市として第一歩を踏み出し、昭和35年には八坂町、信太村を編入、現在の市域を形成しました。平成7年4月に「和泉中央駅」の開業と「桃山学院大学」の開校を実現し、平成10年に人口が17万人を突破し、「和泉中央丘陵整備事業」、「和泉市和泉コスモポリス土地区画整理事業(テクノステージ和泉)」、「和泉府中駅前再開発事業」等の大プロジェクトが進行しつつあります。 |